大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和43年(モ)24055号 判決 1970年9月18日

理由

一  《証拠》によれば、債権者は本件土地を申請外杉田政吉から譲り受けて昭和三七年七月二五日付所有権移転登記を受け、また昭和三八年四月初頃本件建物を建築し、同年五月一四日付所有権保存登記を経て、それぞれ所有していたことが一応認められ、本件土地、建物について債務者のために昭和三九年二月一一日受付、同月七日売買を原因とする各所有権移転登記がなされていることは当事者間に争いがない。

二  《証拠》を綜合すると、以下の事実が一応認められる。

(一)  昭和三八年三月初頃、債権者の妻高橋愛子(以下単に愛子という)は、叔父杉田政吉の養子(戸籍上嫡出子)で、実妹成子の夫である申請外杉田拓己(以下単に拓己という)から電話で「永代信用金庫から、本件土地を担保として自己の事業資金を借入れたいから、本件土地の権利証と債権者の印鑑を一時貸してほしい」旨懇請され、債権者に無断で本件土地の権利証(登記済証)と債権者の印鑑を拓己の妻杉田成子に交付し、さらにその頃拓己の依頼により右印鑑について印鑑証明書の交付を受けてこれをも拓己に渡した。拓己はこれらを利用して同年三月一一日頃金融業者である申請外大洋興産株式会社から金一五〇万円を弁済期同年六月一〇日の約で借り受け、その担保として、本件土地につき債権者の代理人と称して、大洋興産との間で抵当権設定契約および停止条件付代物弁済契約を結び、大洋興産のためにその旨の登記を経由させた。

債権者は本件建物の建築資金を自己の手持資金、勤務先からの借入金および杉田政吉から借入金でまかなかつた外、その一部を住宅金融公庫から借入れ、その担保のため前記のように昭和三八年五月一四日本件建物について所有権保存登記を経るとともに、同公庫のために抵当権を設定したが、その際印鑑等を必要としたところ、愛子より、拓己に依頼されて前記趣旨で本件土地の権利証および債権者の印鑑を拓己に渡した事実を告げられ、愛子を叱責して、右権利証等を取戻すよう指示した。愛子からの連絡により債権者の印鑑は成子から債権者の許に返されたが、本件土地の権利証は戻らなかつた。

他方拓己は大洋興産に対し右借入金の利息も支払えず、弁済期を徒過したため大洋興産は拓己に対し、本件建物についても抵当権を設定するよう要求し、愛子は拓己に依頼されて債権者に無断で本件建物の権利証をも拓己に交付し、拓己から大洋興産に預けられた。

大洋興産は本件建物については結局抵当権設定登記をなさなかつたが、その準備として、同年六月上旬、九月中旬、一二月上旬と三ケ月毎に債権者の印鑑証明書の交付方を求め、愛子は拓己から乞われるまま、その都度印鑑証明書の交付を受けて拓己に渡した外、拓己の依頼により、本件土地、建物を担保に提供したことを認める旨の債権者名義の念書(疎乙六号証)をも偽造して拓己に交付し、拓己はこれらを大洋興産に預けた。

(二)  昭和三九年初頃大洋興産から債権者方に電話があり、愛子は、拓己が大洋興産から金員を借入れ、本件土地に抵当権を設定したが、弁済しないので抵当権を実行する旨告げられ、驚いて拓己を詰問したところ、拓己は自己において解決するから暫時待つてほしいと頼むので、愛子はやむなく拓己による解決を待つていた(なお愛子は大洋興産から右電話があつたことを二、三ケ月後に債権者に告げ債権者から、その解決方を強く指示された。)

拓己は愛子らから強く責められ、友人である債務者の夫阿部常夫に援助を求めたところ、債務者(実質的には阿部常夫)において拓己の右債務を肩代りすることとし、その方法として、同年二月六日頃債務者が本件土地、建物を登記手続費用を含め代金二一三万四、四五〇円で、債務者の代理人と称する拓己から貸受け、右代金のうちから右債務の元利金二一〇万円を大洋興産に支払い、その際大洋興産から本件土地、建物の各権利証、印鑑証明書、拓己の偽造にかかる白紙委任状等一切を受領し、それらを使用して本件各所有権移転登記を了した。

右売買契約の際、拓己は阿部常夫に対し、右元利金を三年以内に割賦弁済して、本件土地、建物を買戻す旨約したが履行しないので、昭和四〇年夏頃にいたり、債務者は債権者に対し、内容証明郵便で本件土地、建物の明渡、退去方を求め(この点は当事者間に争いがない)、債権者および愛子ははじめて右売買の事実を知るに至つた。債権者らは意外な事態に驚き、拓己を追求しようとしたが、拓己はその頃から家出し、昭和四三年八月九州で自殺してしまつた(拓己の自殺の点も当事者間に争いがない。)。

以上の事実が一応認められ、右認定に反する証人阿部常夫の証言部分は前掲他の疎明資料に対比して採用できない。

右認定の事実によれば、拓己は債権者の代理人として本件土地、建物の前記売買契約を締結する権限を有していなかつたことは明らかである。

三、次に債務者の表見代理の主張について判断する。

(一)  まず民法一〇九条の表見代理の成否について検討する。前記認定の事実からすれば、債権者の妻愛子が債権者不知の間に当初まず本件土地の権利証、債権者の印鑑および印鑑証明書を、その後本件建物の権利証を、さらに印鑑証明書を三回にわたりいずれも債権者に無断で拓己に交付したのであつて、債権者がその意思に基いて右権利証等書類や債権者の印鑑を愛子や拓己に交付したものではないから、債権者が愛子や拓己に代理権を授与した旨を表示したものとは認められない。もつとも前認定のように債権者は愛子が当初債権者に無断で本件土地の権利証、債権者の印鑑を拓己に渡した事実を知つたのちも、自らその返還、回収等に努めることなく、愛子にそれらの取戻しを指示したにとどまり、またその後本件土地の権利証が返還されない間に、本件建物の権利証をも盗用され、その間愛子に事件の解決を委せていたのであるが、《証拠》によれば、債権者は拓己が本件土地の購入、本件建物の建築等に関し恩義ある杉田政吉の子であり、かつ妻の妹の夫であること、従来愛子のみか拓己と終始交渉があつたこと等の関係から杉田政吉や愛子に遠慮して、直接ことの解決に乗り出さず、妻愛子に委せていた事情も窺いうるところであり、債権者が妻愛子の前記行為を黙認したり、あるいは爾後的に追認したとまでは認められない。

従つて債務者の右主張は民法一〇九条の要件を欠くというべきであるばかりでなく、証人阿部常夫の証言によれば本件売買に際し債務者側において債権者に直接売買の真意等を確認していないというのであり、その他前記認定の諸事情を勘案すれば、債務者に、拓己に代理権ありと信ずるにつき正当な理由があつたとは認め難い。従つて債務者の右主張は採用できない。

(二)  次に民法一一〇条による表見代理の主張について。

債権者が妻愛子の美容院営業について、本件土地、建物を担保として金融をうる代理権限を愛子に付与していた旨の債務者の主張はこれを認めるに足りる疎明資料はない。そうとすると、爾余の点について判断するまでもなく債務者の右主張も採用できない。

四、しからば、本件土地、建物に対する債務者のための各所有権移転登記はいずれも実体上の権利を欠く無効のものであり、債権者は所有権に基き右登記の抹消登記手続を求める権利を有するものといわなければならない。

そして、債務者は、その後本件土地、建物について日商石油株式会社、深川信用組合に対し各抵当権を設定し、停止条件付代物弁済契約に基く所有権移転仮登記をなしていること、債権者が債務者らに対し本件所有権移転登記等の抹消登記手続を求める本案訴訟を提起し、現に係属中であることは、当事者間に争いがなく、この事実は前掲証拠を綜合すると右本案訴訟の勝訴判決の執行を保全するため、本件仮処分をなすべき必要性があることも疎明される。

そうとすると、債権者の本件仮処分申請は正当であるから、本件仮処分決定のうち、主文第一項の部分(債務者に関する部分)を認可

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例